The 10:15 Wake-Up Call and a Bullet Train to Osaka (day 16)
Welcome to the official updates from the Joris Posthumus Group Japan tour 2026.
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10時15分のモーニングコールと大阪への新幹線福岡の伝説的なナイトライフは、確実に僕らの身体にその痕跡を残していた。僕の朝は、ツアー中のミュージシャンにとって最も心臓に悪い方法で幕を開けた。深い眠りを切り裂くような、客室の電話のアグレッシブで鋭いベルの音。目をこすりながら時計を確認した瞬間、心臓が完全に凍りついた。午前10時15分。それはホテルグランドルチェ博多のオフィシャルなチェックアウト時間であると同時に、僕がロビーでヨハンと合流して出発するはずのまさに「その時間」だった。僕は完全にパニックになりながらベッドを飛び起き、機材、衣服、そしてサックスを大急ぎでバッグへと詰め込んだ。さらに悪いことに、ホテルの上の階にあるランドリールーム(洗濯室)にまだ自分の服を置きっぱなしにしていたことを思い出し、荷物をまとめるのにさらに時間がかかってしまった。ホテルのスタッフは信じられないほど親切で理解があり、朝の寝ぼけた頭を必死に叩き起こそうとしている僕を温かくサポートしてくれた。ヨハンにノックされなかったことから、てっきり彼も寝坊したのだろうと思い込みながら、僕は大慌てでフロントへ謝りに行くためにロビーへ駆け下りた。しかし、振り返った僕の目に飛び込んできたのは、ロビーのラウンジソファーに信じられないほどリラックスして腰掛け、僕の慌てふためく姿を心の底から楽しんでいるヨハンの姿だった。百戦錬磨のツアーマネージャーである彼はこれまでに数々の修羅場をくぐり抜けてきており、僕のパニックっぷりを完全にエンタメとして満喫していたのだ。カオスがようやく落ち着いた後、僕らはなんとか脳みそを起動させるための必要不可欠なコーヒーを一杯掴み、スタッフに別れを告げて博多駅へと急いだ。駅に到着すると、メインコンコースは信じられないほどの旅行者で溢れかえり、大混雑していた。その混雑ぶりを見て、ヨハンは自動券売機へと向かった。ここでもツアーマネージャーとしてのスキルをフルに発揮し、彼はスムーズに画面を操作して、これから始まる長い移動のための指定席をしっかりと確保してくれた。これで自由席の車両で席を探して右往切往する心配はなくなった。無事にチケットを手にいれたものの、僕らにはまだ「本物のエネルギー(食事)」が必要だった。ヨハンが券売機で素早く動いてくれたおかげで、出発までにわずかながら朝食を詰め込む時間が残されていた。幸いなことに、博多駅の中には数え切れないほどのフードコートやクイックサービスのお店が並んでいる。僕らは駅構内にある食堂の1つに飛び込み、これからの長い旅路に備えて、手早く温かい朝食でお腹を満たした。さらに新幹線の中でのスナック(おやつ)として『駅弁(えきべん)』をいくつか購入。刻々と迫る時間の中、僕らは食事と駅弁を掴み、急いで上のホームへと駆け上がり、大阪行きの新幹線へと滑り込んだ。指定席に腰を下ろすと、朝のあの壮絶な慌ただしさがようやく嘘のように消えていった。新幹線が滑るように走り出すと、前夜のワイルドな夜の疲れを癒やすための完璧なリセットタイムが始まった。ヨハンは移動中、ずっと思い入れたっぷりに日本語の本を読み進めており、前夜のディナーの危機を救ってくれたあの語学スキルをさらに研ぎ澄ましていた。一方で僕は、ただシートに深く身を委ねてリラックスし、買っておいた駅弁を広げ、時速300kmで窓の外を通り過ぎていく美しい日本ののどかな風景をただぼんやりと眺めていた。次の大きなツアーの目的地に飛び込む前の、穏やかで平和なインタールード(間奏曲)だった。やがて、新幹線はスムーズに新大阪駅へと滑り込んだ。プラットホームに一歩降り立った瞬間、関西特有のあのハイエネルギーで活気のある空気が僕らを包み込んだ。もちろん、この駅に降り立つのは初めてではない。過去の別のツアーでも何度も大阪では演奏してきたから、この賑やかなレイアウトも、テンポの速い街のリズムも、どこか心地よく馴染みのあるものに感じられた。まるで行きつけの音楽のホームグラウンドに帰ってきたような感覚で、街の感覚がわかっているからこそ、駅の大混雑をパッと避けてスムーズに外へと抜け出すことができた。駅から僕らは、今回滞在するホテルマイステイズプレミア堂島へチェックインするために直行した。ここでツアーの素晴らしいロジスティクス(導線)上のサイドノート(余談)をひとつ。なんと、翌日に僕がコンサートを行うジャズ会場が、まさにこの宿泊するホテルと「同じ建物の中」に入っていたのだ。そのお店の名前はJazz Club GALLON(ジャズクラブ・ガロン)。ホテルの地上階にある、最高に素晴らしいローカルスポットだ。自分の客室、サウンドチェックの現場、そして明日の本番のステージがすべて同じ屋根の下にあると知った時の安心感といったらなかった。今回は重いサックスの機材を抱えて街を移動するパニックとは無縁だ。ヨハンはここに2日間滞在する予定だったが、僕自身のチェックインは1泊だけだった。なぜなら、明日の本番の夜は、別のホテルに移って4人のバンドメンバーたちと合流して宿泊することになっていたからだ。メンバーのほとんどは東京からこちらへ向かってくる予定で、大阪でのギグを終えた後は、全員でそのまま次の目的地である名古屋のギグへと連日移動することになっていた。ヨハンとの2人きりの気ままな旅から、いよいよバンド全員での本格的なツアーの動きへと切り替わる。その直前の、まさに嵐の前の静けさのようなチェックインだった。ヨハンは荷物を解いて一息つくためにそのまま自分の部屋へと向かったが、僕はどうしても我慢できず、クラブがもう開いているか確かめるためにすぐ下のフロアへと向かった。最初は完全に閉まっているように見えたが、ロビーで少し待っていると、幸運にもクラブのマネージャーとばったり出くわすことができた。明日の本番を前に、挨拶をして自己紹介をする絶好のチャンスだった。彼は信じられないほど温かく僕を迎え入れ、そのまま中へと招き入れてくれた。中へ入ると、ちょうど地元のビッグバンドが、まさにその日の夜に控えている本番に向けて熱気あふれるリハーサルの真っ最中だった。僕は静かなクラブの暗がりに一人で腰を下ろし、マネージャーが親切に奢ってくれたドリンクを片手に、彼らの演奏にじっと耳を傾けた。誰もいない空間に響き渡る、生のブラスセクションの 大迫力のウェーブとスウィング。ヨハンが部屋で休んでいる間、一人でその音の塊を肌に浴びている瞬間は、大阪のジャズシーンへのこれ以上ない最高の「ただいま」の挨拶となった。ひとしきりクラブでの時間を楽しんだ後、僕も一度部屋に戻って午前中のバタバタ劇と前夜の疲れをリセットするため、ゆっくりと休息をとることにした。夕方、再びロビーでヨハンと合流し、夜の街へと繰り出す。今夜のディナーの目的地は、僕の頭の中で最初から決まっていた。2024年の過去のツアーの際に偶然見つけた、僕の最もお気に入りの隠れたラーメン店だ。2年の歳月を経て、再びあの思い出の絶品の一杯の前に帰ってくるのは、まさにツアーならではの最高のルーティンだった。最高にノスタルジックなラーメンを堪能した後、僕らは大阪の鮮やかなネオンがまたたく夜の街を少し散策することにした。目的は、ヨハンの大の甘党を満たすためのスイーツハント。暗くなってからの梅田エリアは本当に美しく、夜空に向かってそびえ立つガラス張りの超高層ビル群の輝きが、活気あふれる街並みに見事な光のコントラストを描き出していた。そんな幻想的なネオンに包まれる中、お目当ての場所を見つけるのに時間はかからなかった。ヨハンはたっぷりのアイスクリームを包み込んだ日本の定番スイーツ、クレープをガッツリ楽しむ。その横で、僕は全体のバランスをとるように、すっきりとしたビターなコーヒーを選んだ。それから間もなくして、僕らはゆっくりと歩いてホテルへと戻り、ようやく本格的な睡眠をとることにした。明日からの数日間は、連日のパワフルなコンサート、バンドとの合流、 tender なタフな移動がギッシリと詰まった最高に忙しい日々になることが分かっていたからだ。移動日の夜にふさわしい、穏やかで完璧な1日の締めくくりとなった。
